この「遊雅笑泳(ゆうがしょうえい)」は、ひとつの生き方を、静かな一枚の景色に託した作品です。柳の木と、そこを渡る風。空を泳ぐ三尾の金魚。そして、朝の光を浴びて凛と佇む人の姿。厳しい風のなかにあっても、雅に遊び、笑って泳ぐように生きる――そんな心のありようを描いた作品です。
柳と風 ― しなやかに、それでも倒れない
主題は「柳に風」という生き方です。強い風にも、厳しい環境にも、柳は葉を風に預け、逆らわずに受け流しながら、それでも幹はしっかりと大地に立ち続けます。よく見ると、その幹の表面は人の皺のように深く刻まれています。長い年月、風を正面から受けとめてきた証です。しなやかであること。受け流すこと。それは弱さではなく、倒れないための、ひとつの強さのかたち。組織のなかで、社会のなかで生きてきた自分の日々を振り返ったとき、心に浮かんできたのが、この柳の姿でした。
空を泳ぐ三尾の金魚 ― 厳しさのなかにも、楽しさを
柳の枝のあいだを、三尾の金魚が空を泳いでいます。現実にはありえない光景ですが、どうしてもこの空に泳がせてみたかったのです。厳しい風のなかを生きるからこそ、その只中にあっても、楽しむこと・遊ぶ心を忘れずにいたい――金魚はその願いのあらわれです。数を三尾としたのは、私がスピリチュアル・数秘の観点から「3」という数を、調和とバランスの数として大切にしているからです。赤い金魚が空に添える彩りが、静かな画面に、小さな笑いのようなリズムを生んでいます。
朝の光と、凛とした佇まい
柳の木陰に寄り添うように、白い衣をまとった人が立っています。遠くには朝の太陽。その陽ざしを浴びながら、風に髪と衣を流し、気持ちよさそうに佇んでいます。厳しさのなかにあっても失われない、清らかさ、可憐さ、そして凛としたたたずまい。木に守られながら、それでも自分の足でしっかりと大地に立っている――その静かな美しさを描きたいと思いました。日本の風土に育まれた、たおやかで芯のある佇まいへの、私なりの敬意でもあります。
背景のサイマティクス ― 風に乗る、調和の波動
画面の奥、太陽を中心に薄く広がっているのは、サイマティクス(音が生み出す文様)です。「風に乗る」というイメージを高い周波数の響きに重ね、幾度も思案を重ねて、この形にたどり着きました。八角形が中心からつながって広がるかたちには、「和(調和)」と「楽しさ」への願いを込めています。調和が中心から次々とつながり、風に乗って世界へ広がっていく――そんな波動が、朝の光とともに画面全体を静かに満たしています。
遊雅笑泳 ― 雅に遊び、笑って泳ぐ
作品名の「遊雅笑泳」は、雅(みやび)に遊び、笑いながら泳ぐ、という意をこめた言葉です。「柳に風」と受け流しながら、厳しさのなかでも楽しみを見つけ、笑って泳ぐように日々を生きていく。自分の来し方を振り返ったとき、それは組織のなかで生きるうえでの、ひとつの確かな心構えだったのだと気づきました。声高な強さとはまた別の、もうひとつの生き方。この絵が、いま何かに耐えながら日々を過ごしておられる方の胸に、そっと風を通す一枚になれば幸いです。
絵画作家 光日子(こひこ)