前職で大変お世話になった、七十歳を超える人生の大先輩がおられます。山登りをこよなく愛される方で、幾度となくお力添えをいただいた、私が心から慕う恩人です。独立して間もない私に「山の絵を描いてほしい」とお声をかけてくださり、その温かなお気持ちに背中を押されるように筆を執りました。こうして生まれたのが、この「インフィニティ/無限」です。
山頂から望む、果てなき景色
画面いっぱいに広がるのは、山の頂から見晴らす雲海と大空です。眺める舞台としたのは、八ヶ岳――なかでも赤岳の頂から見晴らすといわれるその景色は、山を愛する方なら一度は登ってみたいと憧れる名峰です。遠くには、雲海を突き抜けてそびえる富士山。これ以上ない情景がすべて揃った、まことに素晴らしい眺めの場所です。
八ヶ岳を舞台に選んだのは、直感的に「描きたい」と感じたことがはじまりでした。私自身、初めて資料を集めてゆくなかでこの素晴らしい景色があることを知り、その眺めにすっかり魅了され、「やはりこの景色がいい」と心を惹かれて、さまざまな資料をもとに描き上げた一枚です。
清涼感あふれる大空、これ以上ないほどの澄みわたり――まさに「無の境地」ともいうべき感覚を、この絵から味わっていただけたなら。そんな思いから、どこまでも続いてゆく無限の眺めになぞらえ、「インフィニティ/無限」と名付けて制作いたしました。
空へ舞い上がる、一羽の蝶
大空の高みには、一羽の蝶をそっと添えました。蝶は古くより、魂の再生や、次の段階へと羽ばたいてゆく変化の象徴とされてきました。永い道のりを歩んでこられた先輩が、これからもなお軽やかに、自由に空を舞われますように――そんな願いを、この小さな一羽に込めています。広い空にただ一点、生命のきらめきが漂うことで、静かな景色に確かな息づかいが生まれました。
空を昇る、龍の雲
遠くの空に浮かぶ雲は、実は龍を模して描いています。天へと昇ってゆく一頭の龍――その右肩上がりの姿は、長らく経済の営みに身を置いてきた私にとって、この上なく縁起のよいものに映ります。人生には、山あり谷あり、さまざまな時があります。それでもなお、これから先の先輩の人生が、龍が天を昇るようにいよいよ勢いを増し、素晴らしいものであってほしい――そんな願いを、この雲の龍にそっと託しました。
感謝の周波数から生まれたサイマティクス
私は日ごろ、言葉から立ちのぼる感覚――いわば言霊の響きを、目に見える形として絵の中に埋め込むことを、制作のモチーフとしています。この作品を描くにあたり、先輩に「人生の節目で、いちばん心に残った言葉は何ですか」とお尋ねしました。返ってきたのは、「感謝――やはり、感謝しかない」というひと言でした。
そこで、この「感謝」という言葉から得た感覚を、一つの円い文様として空に淡く重ねました。縁(えん)がいくつも幾重にも重なり合う形、手を合わせて祈るような姿、人と人とがつながってゆくイメージを、細い線を一本また一本と根気強く結び合わせています。円は心の中心から生まれ、感謝の想いが波紋となって、外へ外へと湧き上がり広がってゆく。恩ある先輩へお贈りするこの一枚にこそふさわしい、私にとって大切な文様となりました。
末永く、お心に寄り添う一枚に
数え切れないほどお世話になった私にとって、こうした形でしかお礼のできないもどかしさを覚えつつ、独立間もない私にお声をかけてくださったこと、あらためて深く感謝しております。この絵を眺めながら、山を想い、心安らぐひとときを重ねていただけたなら、これに勝る喜びはございません。どうぞお体をご自愛のうえ、ますますお元気でお過ごしくださいますよう、お祈り申し上げます。
絵画作家 光日子(こひこ)